名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2967号 判決 1972年12月21日
原告 大橋小源治
右訴訟代理人弁護士 野村均一
同 大和田安春
同 永田水甫
被告 上田海次郎
右訴訟代理人弁護士 大橋茂美
同 村橋泰志
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、請求の趣旨
(第一次請求)
被告は原告に対し、原告から金三八万六、〇〇〇円を受領するのと引換えに別紙第一目録記載の建物(以下本件建物という)について所有権移転登記手続をせよ。
被告は原告に対し、本件建物を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに第二項について仮執行宣言を求める。
(第一次請求の第二項についての予備的請求)
被告は原告に対し昭和四五年一一月から毎月末限り一ヵ月金五万円の割合による金員を支払え。
との判決を求める。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決を求める。
三、請求の原因
≪以下事実省略≫
理由
爾余の争点に関する判断はしばらく措き、本件和解調書における原被告間の本件土地の賃貸借契約の期間を一五年間とする旨の条項の効力について審案する。
一、当裁判所昭和三〇年(ワ)第一五八四号建物収去土地明渡請求事件について、原被告間で同三二年二月二一日本件和解が成立したこと、本件和解調書中に
「(一) 原告所有の本件土地の被告に対する賃貸借契約期間は、昭和三〇年一〇月一日から満一五ヵ年とする。(二)本件賃貸借契約期間満了したる時は、原告において本件建物を時価の半額にて買取ることができる。」
旨の記載があることは当事者間に争いがない。
そして本件和解により、本件土地について原被告間に賃貸借契約が成立したものと考えられる。
ところで右の賃貸借契約は、その目的が明記されていないけれども成立について争いのない甲第一号証(本件和解調書)及び弁論の全趣旨を総合すると、右の賃貸借契約は被告が本件土地上に本件建物(非堅固建物である)を所有することを目的としたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
二、そこでまず、本件和解調書における右賃貸借契約の期間を一五ヵ年とする旨の条項の効力について審案する。
(一) 借地法二条の規定の趣旨は、借地権者を保護するため、法は借地権の存続期間を堅固の建物については六〇年、その他の建物については三〇年と法定するとともに、当事者が、前者について三〇年以上、後者について二〇年以上の存続期間を定めた場合にかぎり、前記法定期間にかかわらず、右約定の期間をもって有効なものと認めたものと解するのが、借地権者を保護することを建前とした前記法条の趣旨に照らし相当である。したがって当事者が右の期間により短い存続期間を定めたときは、その存続期間の約定は同法二条の規定に反する契約条件であって借地権者に不利なものに該当し、同法一一条によりこれを定めなかったものとみなされ、当該借地権の存続期間は同法二条一項本文所定の法定期間によって律せられるものといわなければならない。
(二) そしてこのことは本件のように建物所有を目的とする土地賃貸借契約が裁判上の和解により成立した場合であっても同じである。
ところで裁判上の和解は、当事者が契約を締結するに当り、裁判所が関与しているものである。したがって借地法の強行法規に違反した内容の和解が成立した場合には、右の裁判上の和解の効力として借地法の適用を排除するものと解する余地がある。
何となれば、一般私人間において成立する契約と異り、裁判上の和解が成立するまでに、裁判所は当事者双方の主張を十分に聞いて、当事者の利益がそこなわれないようにして、和解が成立するのを通例とするからである。
しかし裁判上の和解は調書に記載された時は、確定判決と同一の効力を有するものであるけれども、他方において当事者間の私法上の契約という面もあり、強行法規に違反する私法上の契約は、無効であるから、裁判上の和解調書中の条項が強行法規に違反している場合には、無効となるものといわなければならない。
したがって本件和解によって原被告間に定められた本件建物所有を目的とする本件土地の賃貸借契約中、期間を昭和三〇年一〇月一日から一五年とする契約条件は、借地人である被告に不利なものであるから、借地法一一条により定めなかったものとみなされ、同法二条一項により、右の期間は右同日から三〇年間となるわけである。
(三) してみれば、本件賃貸借契約期間が満了したことを前提とする原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
三、次に原告の主張は、本件賃貸借契約は、借地法九条に定める一時使用の賃貸借であると解する余地があるので以下この点について検討する。
土地の賃貸借が借地法九条にいう一時使用の賃貸借に該当し、同法一一条の適用が排除されるものというためには、その対象とされた土地の利用目的、地上建物の種類、設備、構造、賃貸借期間等、諸般の事情を考慮し、賃貸借当事者間に短期間にかぎり賃貸借を存続させる合意が成立したと認められる客観的合理的な理由が存することを要するものである。そしてその期間が短期というのは、借地上に建物を所有する通常の場合を基準として、特にその期間が相当短いものにかぎられるものというべく、本件のようにその期間が一五年という賃貸借は、到底一時使用の賃貸借とはいえないものと解すべきである。そして本件においては、本件全立証によるも、原被告間に特に短期間にかぎり、賃貸借を存続させるとの合意が成立したことを認めるに足りない。
本件は裁判上の和解により、期間を一五年とする土地賃貸借が成立したものであるが、本件賃借権は、その地上建物、土地の利用目的等に照せば、借地法の保護に値する借地権であるということができる。したがって右のような本件賃借権を、予め、裁判上の和解によって、一時使用の借地権であるとし、同法の定める期間よりも短い期間を合意することによって、同法の強行規定の適用を事前に排斥し、借地権者を保護しようとする同法の趣旨に反する結果を現出することは裁判所として認めることはできない。
してみれば本件賃貸借は借地法九条に定める一時使用の賃貸借であるということはできない。
四、以上の次第であるから、本件和解の効力として本件賃貸借の期間が満了したことにより、原告が本件建物の所有権を取得するいわれはないので、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、失当として棄却するべく、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋爽一郎)
<以下省略>